新婚時代のことはあまり覚えていない
ので
忘れないために
ときどき、用事のついでにその場所を訪れるようにしている
その場所は
かつては長屋みたいな家だらけだった
私たち夫婦はその一角に住んだ
隣にいるお年寄りから、花の苗をいただき
それを植えた
翌年には花が咲いた
その翌年のことは知らない
転勤したからだ
やがて
その事業所は廃止
長屋は一つ一つ取り壊された
前回来たときは、数軒の長屋があったが
今回は、見た限りすべて更地となっていた
その当時の姿をとどめているのは
古びた電柱
そして隣のお年寄りからいただいた
水仙の花であった
今年の秋には、一帯が宅地として売り出される
そうして、わたしたちの新婚の地は
次の世代の世帯の方たちの故郷として生まれ変わり
家路に向かう途中に見えた
長屋の明かり
冬の空に瞬いたオリオンは
走馬灯の如く脳裏を駆け巡るのである