遠い夜空のオリオン

幼馴染との淡い想い出を綴る私家版郷土史

平凡な生活に目覚めたきっかけ

十数年前の夏のある日、久しぶりに旭川のホテルに宿泊、問屋街の一角の居酒屋に入った。

 

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着席しようとすると、椅子の背もたれが滅多に見かけないゴシック調デザインであったことに驚いた。女将さんがただものではないことを直感した。
店の看板にあった、おでんと焼き魚を注文しようとすると、女将さんからメニューは本日のもののみと言われた。流儀がいささか異なる不思議な店に入ったと思った。

飲み物は小ジョッキの生ビールを注文した。

 

客は、常連さんで40歳台の女性と私の二人。
例によって女将さんとその女性の話が始まった。
どこかのラーメン屋で聞いた、店主と息子みたいな世代の客のやりとりをふと思い出した。

 

その女性の花しぶりから察するに、その日中古の自転車を購入したことがその1年間のもっともうれしい出来事であるかのようであった。
女将さんは我が子の出来事であるかように頷き聞き入っていた。

 

人は歳をとるとともに物を得ることに感動する気持ちがなくなるものであるが、その女性には道端に咲くちょっとした花にも感動しそうな素直さがあった。
身近な世界で起きるちょっとしたことを大切にし、身近な人との間に起きる平凡な生活を幸せととらえる人がいたことに私は驚いた。

 

当時の私は、上司不信状態にあった。担当していた仕事が、近い将来社内で不祥事扱いされ責任を負わされる不安もあった。敬うべき、人格者だったはずの社長ですら、この人は一体何を考えているのかと思ったこともあった。

 

そんな私にとって、女将さんと常連の女性の会話は新鮮だった。

人とは平凡な生活に満足しつつ、身近な人に対しこんなに素直にそして謙虚になれるものなのか。

 

勘定を済ませ、ホテルに戻る道すがら、仕事上起きた嫌なことは一旦忘れ、生き方を変えよう、これからは別の人生を生きてみようと思った。

 

あれから十数年。店はもうない。
夏の暑い日の夕刻、女将さんが、大きなジョウロを重そうに抱え水遣りをしていた花壇の花もどこかに消えてしまった。

 

振り返って、出世はもういい、体を壊してまで続ける仕事ではないと決心がついたのは、この居酒屋で女将さんと女性のやり取りを聞いたおかげだった。

 

食べログに常連客の痕跡が残っている。
常連さんの評価は「心の拠り所になるお店」となっている。
十数年前にたった一度立ち寄った居酒屋なのであるが、女将さんと常連客のやりとりの影響を受けた客(女将さんのファン)が私以外にいたことに安堵している。

 

居酒屋よしえ
https://tabelog.com/hokkaido/A0104/A010401/1018932/
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