遠い夜空のオリオン

幼馴染との淡い想い出を綴る私家版郷土史

一木支隊ガダルカナル全滅を忘れるな

旭川にある北海道護国神社の本殿入口に向かって右手奥の方に、一木支隊鎮魂碑がある。

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北海道護国神社 境内案内

http://www.hokkaido-gokoku.org/?page_id=256

太平洋戦争初期の敵の前線基地ミッドウェイ島攻略の為に編成され、聯隊長「一木清直」大佐名を冠して一木支隊と称しました。
聯隊長一木清直大佐以下2300余名の御英霊を顕彰し偉勲を長く後世に傳えんと建立されました。


その一木支隊については、不思議な逸話がある。


一木支隊の帰還
http://www.geocities.jp/sutanhopea/si-lb2-1.html 

ひょっとすると、ミッドウエー海戦敗北を知ってしまったが故に、その口封じのために戦地に送られた可能性があるのだ。

今年夏、旭川で慰霊祭が行われたそうである。


http://www.asahi.com/articles/ASH8N34Z5H8NIIPE003.html

ガ島でほぼ壊滅の「一木支隊」、北海道・旭川で慰霊祭

一木支隊.jpg

2015年8月21日08時26分

ガダルカナル島の戦いを経験した元・一木支隊の鈴木貞雄さん(右)と藤吉貢さん(左)。後ろは一木清直大佐の長女、安藤淑子さん=旭川市

太平洋戦争中、日米両軍が激突したガダルカナル島ソロモン諸島)の戦いで多数の兵士が亡くなった「一木支隊」の慰霊祭が、旭川市の北海道護国神社で開かれた。
ガダルカナル島の戦いは1942年8月から約半年間にわたり、日本軍3万人超のうち約2万2千人が死亡した。一木清直大佐が率いた一木支隊は旭川市の陸軍第7師団から派遣され、この戦いでほぼ壊滅した。
慰霊祭には一木支隊に所属していた鈴木貞雄さん(97)と藤吉貢(みつぐ)さん(96)=いずれも旭川市=のほか、一木大佐の長女、安藤淑子さん(86)=東京都世田谷区=ら約20人が参加。本殿や慰霊碑の前で玉串を捧げるなどした。
慰霊祭にはかつて多くの人が参加していたが、主催していた戦友と遺族らでつくる「一木会」が20年前に解散して以降、年々参加者が減っているという。安藤さんは「いつ来られなくなるかわからないので、思い切って来ました。『すぐ帰ってくるから心配しなくていいよ』と戦いに行く前に話していた父の姿が忘れられません」と話した。