30歳の頃に起きたことを想い出して書いている。
ある真冬の吹雪の夜
ある場末のカラオケスナックにて
隣に座った妙齢の女性から村下孝蔵の「初恋」を歌うことをせがまれた。
最初は、断った。
また、この曲のメロデイを知らないことを告げたのだが、
その女性は、どんなに下手でもいい
とにかく歌ってほしいと譲らなかった。
私は
その女性の尋常ならざる必死さに根負けし
歌うことになった。
実は、歌ったのは、たった1回ではなかった。
3回は歌ったように記憶している。
昭和風のレトロ調ないい曲だった。
その女性は、私が歌ったことをことのほか喜んだ。
歌っている間、何もせず、しんみりと聞き入っていた。
たぶん、失恋直後だったのだろう。
あれから同じ店で何度か歌ったが、こんなに喜んで聞いてくれた人がいたのは、後にも先にもこの時だけだった。
ただ、今になって思うに、本当は、私が初恋だった、あの人に聞かせてあげるべきだったのかもしれない。