雪解けとともに一斉に花が咲き出す。
その中に母が愛した花がある。
その花は、母の日が近づく頃に咲いた。
母は、その花を毎年のように植え替え草むしりをした。
あまり植え替えすると枯れてしまうものだが、この花は違った。
なんとか持ちこたえ、翌年もまた咲くのである。
母は、この花を見ている時はいつも笑顔だった。
その花だけは別格の扱いで話しかけているように見えた。
花と語らう母の姿から
母は正直な人だったことを想い出すのである。
当時好きだった女の子が信仰していた。彼女の信仰は、聖書中心主義に近く、彼女は他の宗派の人たちよりも純粋かつ敬虔な信徒に見えた。
対照的に私は、研究社の英和中辞典を思考訓練の場と割り切り、擦り切れるほど読んでいた。彼女から見て、私が読んでいるものは邪教の本のように見えたはずである。
彼女はどんどん信仰の深みにはまっていった。
彼女が日に日に遠い存在になっていくような気がした。
目の前で話していても、彼女のこころには厳重に鍵がかけられ、言葉やこころが届かない相手と会話しているような気になった。
破局は時間の問題だった。
私は彼女を選んだことを後悔したが、彼女の記憶を消し去る方法が思い浮かばなかった。
郷土史の本に載っている人物、著者、郷土史の建物について、幼少期から知っていたことが大きく影響している。
「旭川九十年の百人」などの本に登場する人物については、10人くらい見かけたことがある。息子さんと塾などでご一緒したり、家に遊びに行って挨拶したことなど、覚えている方が多い。
また、旭川の郷土史を語るうえで重要人物とされる、村上久吉氏を小学生の頃、何度か目撃している。「旭川の人びと (1971年) (旭川叢書〈第5巻〉」という本は郷土史上の名著。 村上久吉が書いた本で詩吟解説が読める漢文の本、字源に係わる本なども揃えた。こういう見立てもあるのかと思うほどの内容。
その他、近所に複数の郷土史家が住んでいた。「旭川 街並み今・昔」については、著者の中高生時代を見かけた記憶がある。本に載っている写真からピンと来た。喫茶茶館の常連であったようだ。
最近では、偶然入ったおでん屋にて、「流れ星にのって」の著者から本を一冊頂戴したこともあった。
建物史については、小さい頃から、郷土建築史上の重要な建物を見て育った(中心街の建物、師団施設)「旭川と道北の建築探訪」や「旧陸軍第7師団の建築」(川島洋一)は、建築史に係わる名著と思う。
中でも、建築史上の建物として紹介されることが多かった藤井病院については、幼少期
、先生の診察を何度か受けた。
ドレメの建物には、幼少期、母に連れられて入ったことがある。その向かいにあった小笠原邸のことも覚えている。
なんとなく託されているようで、徐々に徐々に郷土史の世界にはまりつつある気がしているところである。
外出がままならない日が続いていますが、如何お過ごしでしょうか。
一時期、お仕事のことなど、いろいろあったようで、その後、落ち着きましたか?
私は、室内でできる運動やジョギングで減量、体調維持に努めています。5キロ痩せました。
庭では、チューリップが終わり、ミヤマオダマキが咲いています。
会って話す機会が暫くないと思われるため、代わりに整理したアルバムを紹介します。
https://www.instagram.com/taisetsudohri/
インスタがアルバム代わりになること、知ってましたか?
共に過ごした時代からある建物の中から、印象に残ったものを揃えました。
BGMは、2曲。
Signal Hill - Jon Mark (Lyrics)
https://www.youtube.com/watch?v=n-Iu7o4lY8A
Caetano Veloso - So In Love
https://www.youtube.com/watch?v=rM4KT2lVdpY
遠い昔に起きたことを、深い悔恨の気持ちで聴いています。