遠い夜空のオリオン

幼馴染との淡い想い出を綴る私家版郷土史

良妻賢母の復讐

私は、オフイスラブ完全否定派である。
理由は、それなりにスリリングだが結構面倒臭いこと、うまくいっているときはいいが一旦壊れるとやり直しが難しいからだ。
また、女性社員の噂話は、あっと言う間に社内に周知される社風であったこともオフイスラブを躊躇う十分な理由になった。

私は、伴侶をもっぱら社外で探すことに熱中した。
そして、なんとか婚約するに至った。

問題は、その後である。
詳しいことは書かないが、ある良妻賢母型の美人から結婚を前提とした交際らしきことを迫られた。

彼女は、少し小柄で目鼻立ちがはっきりし知的な美人で長い黒髪が美しかった。彼女は、社内の女性の噂話になると必ず話題の一人に登場し、かつ社内の男の間では彼女のこをと悪く言う人は、誰もいなかった。
実際、私は、彼女のことは嫌いではなかった。婚約中の相手とうまくいかない時期に、彼女を見つめながら、………と思ったくらいだったのだ。
だが、私は、自分の想いを隠し、婚約中であることを説明し、一切係わらなかった。
遊びでは済まされない付き合いとなること、ちょっとしたことでも社内中にあっという間に噂が駆け巡りそれが既成事実化されること、そして、彼女が良妻賢母型でありすぎたことが躊躇した理由だった。
彼女もまた、私の意を察し何も起きなかった。

それから30年近くの年月が経過し、彼女の夫が、同年代のトップバッターで役員に昇格したことを知った。
彼女の夫は、同期入社の間では、育ちだけは良いが、中味が何もないという評判だった。
私は、なぜ彼女の夫が役員になれるのかという妬みばかり、何度も聞かされたが、私は彼女が夫に選んだ人なのだから素晴らしい人であり、また役員になれたのは妻である彼女のそれまでの献身的な存在に負うところが大きいと感じ、嫉妬心でボロクソにけなす人への反論を試みたが、無駄に終わった。

と同時に、私は、彼女に復讐されたような気分になった。
ひょっとすると、彼女は、袖にした私を見返すため、亭主を重役にするためにひたすら良妻賢母であり続けたかもしれなかったのだ。