遠い夜空のオリオン

幼馴染との淡い想い出を綴る私家版郷土史

駆け落ちして暮らしていた夫婦のこと

近所に、悪ガキの両親が間貸しする、安アパートがあった。
その安アパートに、当時、駆け落ちしてきたばかりの夫婦が暮らしていることを人づてに知った。

6畳一間のその部屋、日中は鍵もかけず、その夫婦は別々に働きに出ていた。
近所に、身元素性を隠し雇ってくれる工場がいくつかあった。
そういう場所があって、その夫婦は、そのアパートに住んでいたということになる。

ある時、我々悪ガキは、その部屋に忍び込むことに成功した。
なんと、そこには、交換ノートがあった。
互いの想いをノートに切々と綴っていたのである。

部屋には、家財と言えるものは何もなかった。
極端に言うとテーブルとふとんと交換ノートだけ。
交換ノートは、二人の絆の象徴であり、家庭最大の財産だったのだ。

交換ノートの文面にはいろんなことが書いてあったように思う。
盗み見るのは悪いことであることは知っている。
が、ガキの私でもその文面から、彼らが他の平均的な夫婦よりは幸せであったことくらいは読み取れた。

私は、母にそういう夫婦が近所にいることについて、どう思っているのか聞いてみた。
母の話によれば、そういう人たちが世の中にたくさんいることを知っているようだった。

そのアパート、今は誰も住まない空き家となって放置されている。
建物自体は、その時のままである。

もちろん、駆け落ちして暮らしていた夫婦が、その後どうなったか、私は知る由もない。