遠い夜空のオリオン

幼馴染との淡い想い出を綴る私家版郷土史

ある公園の想い出

あるブログにて、昔からある公園の現況を知った。

http://blog.goo.ne.jp/hatukagusa/e/406784f1c98cc35478b528eb8cd83e4c

その公園は、バス停西側の、街区一区画ほどの公園だった。

どこの街にもありそうな、ありふれた公園である。

だが、この公園は、他の公園とは異なり、時代とともにめまぐるしく姿を変えた。

記憶の彼方の時代、その街区は、更地だった。

やがて、公園の外側がフェンスで囲まれ
ブランコ二台とシーソー、鉄棒が置かれ
冬に子供がソリ遊びできるようなスロープがつくられ
それが、いつの間にか、少しずつ急傾斜の山に変わった。

気がつくと

公園の周囲に木々が植えられ
小さい頃、熱を出しては通った
あの小児科の病院が、バス停からは見えなくなってしまった。

そして、今

ざらしのバス停には屋根がつけられ
公園のあちこちに、大きな木々が日よけを用意していた。

グランドだったはずの場所に、大きな岩が昔からあったような佇まいで置かれ
土埃か水たまりだらけだったはずのグランドは、青々とした芝生でことごとく覆われ
ところどころタンポポの花がいたずらっぽく咲いていた。
子供がソリ遊びするスロープがあっただったはずの場所は、噴水付きの滝に変わってしまった。

私には、もう何も見えなくなってしまった。

ただ、小さい頃、何度か通った、あの佐藤医院が
バス停から見えなくなった、あの場所から
ショッピングセンターゾーンからよく見える通りに移ったことを地図を見て初めて知った。

医院の隣には、しょっぱい味の記憶が残る、ラーメン屋があったはずだが、地図を見て、今もあることに驚いた。

そのとき
私は、小さい頃から、バス停と公園、そして公園の奥にあった、あの佐藤医院、そしてラーメン屋を一体化した想い出として眺めていたことにふと気づいたのだった。

追伸

佐藤先生は、きりっとした顔立ちで、聴診器できちんと音を確かめ、触診する、感覚的に鋭い印象があった医師だった。
処方する薬は、やや効き目が強い薬が多かったようで、1日もすれば、熱はぴたっと収まった。

そんな佐藤先生は、当時、40歳くらいだったようであり、今は息子さんかお孫さんが医院を経営されていらっしゃるのではないかと思う。