詩人 田村隆一の名詩で「正午」という作品がある。
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正午
窓の外にあるもの、
火と石と骨と、
歯と爪と毛髪のなかに刻まれたわれわれの「時」、
驟雨と予感のなかで、寝台から垂れさがる、
彼女の腕
窓の外にあるもの、
それは死なない
それは歴史の部分ではない、
ひとつの叫喚は、誰にむかって叫ばれるのだろう、
ひとつの破損に、どんな破滅的意味があるのだろう、
誰が傷つける、彼女の腕を、
窓の外にあるものを!
彼女は病んでいる、それは
ぼくを愛していることになるのだろうか、
ひとつの、一回かぎりの彼女の呼びかけが
大きな沙漠に影をつくり、いま
世界は正午に入る
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私は、この詩を読みながら、Beatles の 「 She's Leaving Home」という曲を思い浮かべる。
詩の意味は違うが、メロデイが田村隆一の詩のイメージに近いからだ。
田村隆一のこの詩は、一般の詩にありがちな叙情的言葉を使わず、絵画的イメージで作品をまとめている。
窓の外、彼女の腕をたとえに用いながら
「一回かぎりの彼女のよびかけが大きな砂漠に影をつくり、いま世界は正午に入る」
この部分だけでも十分恋のかたちを表現している。
実は、この一節のおかげで、私は過去の恋の傷を忘れ、
つかの間の休息を得たが、
彼女のよびかけが一回かぎりだったことを理解しておらず、
彼女はやがて去っていった。